ビジネス書を読む前に

~する前に一覧><脱サラをする前に*リンクフリー 全頁無断転載禁止 2011年12月更新

ビジネス書を読む前に(3)

はじめに> <自己啓発書> <経営学書> <自伝書

<経営学書>

 前章で書きましたように、お店を営んでいますと、経営学書(以下:経営書)も読む必要に迫られます。売 上げが低迷しますと、その原因を知りたくなりますし、また解決策を考えるヒントなどを探したりしなければな りません。
 最初に読み始めたのは、当然のごとく「飲食業」に関連した経営書でした。一人でも客数を増やさなけれ ばいけませんし、利益も高めなければいけません。そうした目的でいろいろと読みましたが、本当に参考に なり役に立ったのはごく僅かでした。つまり、「ホンモノ書」の割合は少なかったことになります。
 飲食店の経営書に限って言うなら、「ホンモノ書」に出会うには、読者自身が「飲食業の経験者であるこ と」は避けて通れません。正確には「経営する立場」を経験することです。その経験なしには「ホンモノ書」に 出会うことは不可能です。
 例えば、給料を「貰う立場」と「払う立場」では考え方が180度違います。それほど正反対の立場ですから、 単に飲食業を経験しているだけでは経営の「ホンモノ書」に出会うことはできません。「経営する立場」を経 験して初めて、経営書が教えている内容を理解することができます。ですから、飲食業に限るなら、経営の 「ホンモノ書」に出会うには、開業したあとにしかあり得ません。経営の経験がない人が飲食店の経営書を 読んでも、その経営書の核心に触れることはできないでしょう。もしかすると、「触れる」は正しい言い表し方 ではないかもしれません。「気づく」のほうが言い当てた表現でしょうか。
 私は飲食関連の経営書を数多く読むにつれて、飲食業以外の経営書にも興味を持つようになりました。 例えば、「利益の重要性」は飲食業だけに留まらず、どの業界においても共通する課題です。このような、 特定の業界だけではなくあらゆる業界にあてはまる経営書に興味を持つようになりました。そうした中で出 会ったのがピーター・F・ドラッカー博士であり、ドラッカー氏の言葉でした。今から約20年くらい前でしょう か。
 当時、お店を営むうえでどうしても自分自身が納得できないことがあり、その答えを探していました。的確 な答えが見つからず、また自分でも考えつかずにいたときに、ドラッカー氏はいとも簡単に答えを示してい たのです。そのときの感激は今でも忘れられません。
 私がドラッカー氏に感激したとき、氏は既に著名な学者でした。経営学の大家として、また思想家として多 くの人から信奉されていました。恥ずかしながら、単純に私が知らなかっただけで、自分の「知識のなさ」 「勉強不足」を思い知りました。
 以来、ドラッカー氏について興味を抱くようになり、機会をみてはドラッカー氏の著作を読むようになりまし た。私が今、毎週読んでいる経済誌に週刊ダイヤモンドがありますが、実は、この経済誌を読むきっかけ になったのもドラッカー氏と関係があります。
 当時、私は違う経済誌を読んでいましたが、ある記事がきっかけでその経済誌に対して不信感を持つよう になっていました。
 ここで、経済誌について少し触れたいと思います。
 皆さんは経済誌をどのようにお考えでしょうか。もちろん、経済誌というからには、経済について一般誌よ り広く深く丁寧に報道している雑誌が経済誌です。しかし、企業を対象にしているがゆえに、総会屋と同じ 臭いを放つ側面もあります。つまり、企業が一目置かざるを得ない存在であることです。このことは1つ間違 うとジャーナリストが傲慢になることであり、2つ間違うとジャーナリストが唯我独尊に陥ることです。企業にし てみますと、悪い記事を書かれることは企業の存続に関わることですから、経済誌に対しておもねるような 低姿勢で対処しなければならないことになります。
 当時、私が購読していた経済誌に、まさに傲慢とも思える記事が載りました。やはり、ジャーナリストがそ のような臭いを発するのは気持ちのいいものではありません。そこで、私は読む経済誌を変えようと思って いたときに、たまたま読んだのが週刊ダイヤモンドでした。しかもドラッカー氏について書いている上田氏の コラムを知り、以来週刊ダイヤモンドを読むようになった経緯があります。私は自サイトにて週刊ダイヤモン ドの広告を載せていますが、それは週刊ダイヤモンド誌に対して私が信頼感を寄せているからにほかなり ません。
 話を元に戻しますと、ドラッカー氏に感動しながらも、そのほかの経営書もいろいろと読みました。その経 験から私の率直な考えを言うなら、ほとんどの指摘はドラッカー氏の本に書いてある、という印象です。私も ドラッカー氏の本を全て読んでいるわけではありませんが、例えば、ある経営書を読んだとき、言いまわし や表現の用法こそ違いますが、その経営書の伝えたい要点はドラッカー氏が既に指摘しているように思え たことがたびたびありました。このように書きますと、あまりにドラッカー氏賞賛が強すぎると感じる方もいる でしょうが、これが私の正直な感想です。もしかしたなら、ドラッカー氏以外にも優れた経営書を書いている 人もいるでしょう。しかし、少なくとも、ドラッカー氏が経営書のホンモノ書を書いているひとりであることは確 かです。わざわざ私が言うまでもありませんが…。
 経営の本を読み、勉強することはとても大切です。しかし、普通に働いているビジネスマンは本を読むこと ばかりに時間を費やせるものではありません。また、学者ではないのですから、本を読むことばかりに熱中 して仕事をおろそかにするのでは本末転倒です。そうしますと、自ずと少ない時間で本当に役に立ち意義 がある経営書を読む必要に迫られます。
 また、そのようなビジネスマンの環境では、価値ある経営書を探す手間も馬鹿にできません。もし、読者 の中で、どの経営書を読もうか迷っている方がいるならドラッカー氏の本を読んで間違いはありません。経 営書で「ホンモノ書」に出会いたいなら、是非ともドラッカー氏の本を読むことをお勧めします。
 今年(平成22年)になりドラッカー氏の冠のついた本が数多く出版されているのをご存知でしょうか。ブーム になっている気配さえありますが、このブームは、先に私が指摘しました「売れた本に似せた本が他の出版 社からすぐにでる」という出版界の悪しき体質の一例です。
 例えば、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 」や「20代から身につ けたい ドラッカーの思考法 」など、題名の一部に「ドラッカー」と名のついた本が幾つも出版されています。 これらの本はドラッカー氏の名のついた本ではありますが、書いてある内容はというと、これらはどれもドラ ッカー氏の「入門書」といえるものにすぎません。つまり、ドラッカー氏の本をわかりやすく噛み砕いて書いた 本ということになります。
 このような本は、確かに、ドラッカー氏の本を理解するためのとっかかりとするには適していると思いま す。ですが、あくまで入門書の類に属する本ですから、これらを読んだだけでドラッカー氏の本を読んだこと にはなりません。ましてや、ドラッカー氏の真髄に触れたことにはなりません。ほんの「さわりの部分」をかじ ったに過ぎません。是非とも、ビジネスマンであるなら上田惇生氏が翻訳した本を読むべきです。上田氏は 日本ドラッカー協会の会長ですので、敢えて「上田惇生」としました。
 ドラッカー氏の著作はいろいろな方が翻訳していますが、やはり日本に最初に大きく紹介した上田氏の本 を読むのが正しい入り方だと思います。どんなことでも、初心者はオーソドックスなところから入っていくの が、正しく成長する基本です。
 特定の業界だけに適用されるのではなく、あらゆる業界に通用する経営書は、対象範囲が広いがゆえに 抽象的な内容になりがちです。このような特性は対象範囲が広い経営書の宿命ですが、それだけに「ホン モノ書」に出会うのが難しいという一面があります。そうした中にあっても、具体性に富みしかも核心をつい た指摘がなされている点が、ドラッカー氏が多くの人に支持される理由だろうと思われます。

 これまで書いてきましたように、簡単に言ってしまうなら、経営書に関しては、ドラッカー氏の本を読むだけ で充分ですが、では反対に、読んで「役に立たない」「意味がない」経営書とはどういった本でしょう。
 先ず、経営に関して最も精通していると一般的に思われている経営コンサルタントが著者となっている経 営書について考えてみましょう。
 私はテキストやコラムなどでコンサルタント業に対して疑問を呈していますので、コンサルタントの方が書 いた経営書についても否定的に捉えているように思う読者もいるかもしれません。本テキストでも「自己啓 発書」の章でコンサルタントの方が書いた本をあまり評価していません。
 ですが、経営書だけに関していうなら、自己啓発書で書いたほど否定的ではありません。何故なら、コン サルタントという仕事の性質上、多くの企業の経営に携わっているからです。やはり、「場数を踏んで」いる ことは有益ですし、いろいろなケースを見てきていることは、責任が伴う体験ではありませんが、それなりに 知識として蓄積されているはず、と思うからです。その意味で、コンサルタントの方が書いた経営書はそれ ほど「役に立たない」本とも言いきれない部分があります。但し、内容に具体例があるかどうかは重要で す。
 例えば、Aという企業で実際に経営会議に出席したときの実例やBという企業で社内対立に直面しながら 仕事を進めた実例などを具体的に紹介しているなら、そしてそうした実例に確かな分析を加えて経営につ いて書き記している経営書は読む価値があるといえます。その反対に、「具体的な実例」は取り上げず、中 には経験不足により実例を挙げられないコンサルタントもいるかもしれませんが、ステレオタイプ的な表現 でごまかしているコンサルタントの本は「モノマネ書」と判断してよいでしょう。こうした経営書は他の経営書 を寄せ集めたものに過ぎない可能性が高いからです。
 2番目に「モノマネ書」と思えるのは、昔の名前で本を出している評論家の経営書です。「昔の名前」と聞い て、小林旭さんを思い浮かべる読者は少ないと思いますが、とにかく「昔の名前」です。わかりやすく言いま すと、昔「売れた」、または「ブームを巻き起こした」、はたまた「時代の寵児」になった評論家などを指しま す。こうした方々は「親の七光り」ならぬ「過去の七光り」で本を出版しているケースが多々あります。出版社 にしますと、「過去の七光り」効用である程度の確実な売上げが見込めるのは捨て難い魅力です。他の例 としては、著者と編集者または著者と出版社という腐れ縁的な人脈により出版せざるを得ないケースもあり ます。いずれにしましても、本の内容の品質が二の次であることは想像に難くありません。
 3番目に挙げられる「モノマネ書」は、ズバリ「肩書き」です。「肩書き」は自己啓発書でも取り上げました が、社会的に有名な研究所や大企業などのトップもしくは経営幹部の肩書きによって出版された本です。 基本的に、「肩書き」はビジネス書全般において、出版する際の武器になる傾向があります。
 こうした経営書はビジネス書の「自伝書」部門に多く見られる傾向ですが、「本の2~3冊くらいは出版して おく」というステイタスを示威するために出版されています。いわゆる自己満足に近く、出版する目的が「ス テイタス示威」ですから、本の内容が今一つであることは想像できるでしょう。
 4番目に挙げられる「モノマネ書」は、理由はどうであれ、とにかく著者の名前が「知られているから」という 理由で出版される本です。こうした本の特徴は、著者が経営や経済の専門家ではないことです。ですから、 自ずとほかの本の寄せ集めにならざるを得ず、最悪の場合はゴーストライターが書いてあることもありま す。こうした本は、有名である著者を題名なり著者名なりに載せることで売上げを狙っているのですが、そ れなりに売上げが期待できるという現実があります。
 このような出版は、あるキャラクターが人気を集めたとき、その人気にあやかろうとして食品や雑貨品、ま たは衣料品などのメーカーがそのキャラクターを借用することに似ています。これらの商品が「商品そのも のの価値」よりもキャラクターに重点が置かれていることは一目瞭然です。「著者の名前が有名であるか ら」という理由で出版される本は、これと同質のものです。
 敢えてこのような本の意義を挙げるならば、それまで経営に関心がなかった読者を経営書という分野に 引き込むことでしょうか。品質については、今更述べるまでもありません。

 これまで、経営書における「モノマネ書」の特徴を紹介してきました。この特徴に照らし合わせて書店の棚 や平台を眺めるとき、「モノマネ書」の多さに驚くでしょう。当然、出版社も民間企業ですから、売上げを上げ るためにあの手この手を駆使しています。そして、読者に「モノマネ書」と思わせずに購入してもらう方策も 取っています。そんな状況の中で、読者は「ホンモノ書」と出会わなければなりません。
 例えば、表紙。一般読者はやはり表紙に惹かれます。表紙に魅力を感じて本を手に取る人は多いのでは ないでしょうか。私も、本を手にするきっかけが表紙であることは幾度もあります。しかし、目次や著者やペ ージをペラペラめくるなどして品質をチェックしています。読者の皆さんも、表紙や帯、または推薦文などの 言葉に惑わされないように慎重に本を選んでほしいと思います。
 最後に大切なことを指摘したいと思います。
 経営学書が他のビジネス書と最も違うところは実行の難しさです。書いてあることを実行に移すことの難 しさです。次章で書きます「自伝書」は、それを読むことによって気持ちが昂ぶったり感動したりすることで、 読んだ意義があります。また、「自己啓発書」は本で指摘されていることを自分という個人が実行すること で、意義があります。中には実行に移せない人もいるかもしれませんが、それはあくまで個人の責任の問 題です。つまり、「やるかやらないか」という個人にかかっています。
 それに対して、経営学書は自分だけのことでは終わりません。取引先や従業員など自分以外の人との関 係も重要な要因となっています。そうした人たちをも動かすことができて、また良好な関係性を構築すること ができて初めて経営学書を読んだ意義が生まれます。
 ある日、書店の棚で、著名な成功している経営者の本を見つけました。その本で経営者はこう語っていま した。
「自分はドラッカー氏の本を忠実に実行して成功した」
 しかし、ここで考えてください。ドラッカー氏の著作は多くの経営者に読まれています。ですが、全ての経営 者がこの経営者のように成功しているわけではありません。というよりは、失敗している人のほうが圧倒的 に多いのが実状です。これはなにを意味するかというと、いくら「ホンモノ書」を読もうが、それで成功が約束 されているわけではないということです。その理由は「個人だけの問題ではない」からです。そこが、多くの 人がかかわることで成り立っている企業という組織を動かすことの難しさです。それができて初めて経営学 書は意義のあるものになります。
 こうしたことから考えますと、経営の「ホンモノ書」を読んだからといって決して満足してはいけないことが わかります。「ホンモノ書」に書いてあることを実行に移す難しさはこれまでの失敗している経営者を思い返 すなら容易に想像できます。是非とも、「ホンモノ書」を読むだけで自己陶酔などすることがないよう心がけ てください。

 次章では自伝書について述べます。
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<経営学書>終わり。

はじめに> <自己啓発書> <経営学書> <自伝書
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